由布院・黒川・霧島の山あいで、棟ごとに湯を抱えた離れの宿を探すなら、編集部が選んだのは次の五軒です。秋分を過ぎ、由布岳の裾に薄の穂が立ち、黒川の小国杉に朝霧がかかる頃合いになりました。九州の温泉地には、母屋から客室を切り離し、庭や竹林を隔てて一棟ずつ建てる「離れ」の系譜が色濃く残っています。本稿では由布院から二軒、黒川から一軒、霧島から二軒を取り上げ、棟の数、敷地の広さ、湯の成り立ちを軸に整理しました。夫婦旅や気心の知れた友人との旅で、観光よりも「籠もる」ことを目的にする人に向けた案内です。公開レビューデータを集計し、各宿の公式情報と照らし合わせたうえで順位を付けています。

# 宿 エリア 客室 目安価格 1行特徴
1 山荘 無量塔 由布市(由布院) 12 ¥176–¥194k 全12室が離れ。古民家を再生した19〜50坪の棟に専用の源泉風呂
2 亀の井別荘 由布市(由布院・金鱗湖畔) 17 ¥132–¥208k 約1万坪の庭に11の離れ。庭内源泉の掛け流しと部屋出しの会席
3 山荘 竹ふえ 南小国町(黒川温泉) 12 ¥272–¥326k 竹林の斜面約5,000坪に12の離れ。30の風呂すべて自家源泉
4 忘れの里 雅叙苑 霧島市(妙見温泉) 8 ¥110–¥187k 天降川沿いに茅葺きの古民家を移築した、集落のような宿
5 天空の森 霧島市(南きりしま) 3 — 東京ドーム約13個分の丘に宿泊用ヴィラわずか3棟

※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。天空の森は集計対象となる公開販売価格が確認できないため、公式サイト掲載の料金を個別に記載しています。

1. 山荘 無量塔 — 大分県由布市

由布岳の麓に、古民家を再生した離れが十二棟。棟ごとに源泉を引いた、由布院の離れ宿の一つの到達点です。

12室、全室離れの旅館。

目安価格 ¥176,000–¥194,000 / 泊 (2名1室・通常期)


山荘 無量塔 — 大分県由布市湯布院町 · 太い梁を残した古民家再生の離れ「相」の居間
PHOTO: 山荘 無量塔 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

湯が、それぞれの棟の中だけで完結している宿です。客室は十二、すべてが離れで、各棟に専用の源泉掛け流しの風呂を備えます。大浴場も共用の露天も持たないという割り切りが、離れという形式の意味をもっとも純粋に示しています。棟の広さは19坪から50坪まで、定員2名の小ぶりな棟から、囲炉裏を囲んで8名まで過ごせる大きな棟まで揃い、夫婦旅にも三世代の旅にも応じられます。1992年に宿として歩み始めた当初から、古民家の再生を柱に据えてきた点も、この宿の筋の通し方と言えます。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、接客の質と料理の質が並んで高く評価され、そのあとに客室の居心地と風呂が続きます。とりわけ、先回りした気配りへの評価が目立つのがこの宿の特徴です。一方で、はっきりした弱点として挙がる項目はほとんど見当たりません。価格帯は由布院でも上位にあたるものの、その対価に見合う滞在だったという受け止め方が大勢を占めていると読み取れます。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    記念日の夫婦旅、古民家の空間と西洋の家具の取り合わせを味わいたい人、三世代や友人同士で一棟を借りる旅
  • 向かない:
    大浴場で湯めぐりをしたい人(共用の浴場はない)、ペット同伴の旅(同伴不可)、予算を抑えたい旅程

具体情報

  • 所在地: 大分県由布市湯布院町川上1264-2(由布院温泉地区内は無料送迎あり)
  • 客室: 全12室すべて離れ、19〜50坪、定員2〜8名
  • 湯: 各客室に専用の源泉掛け流し風呂(大浴場・共用露天はなし)
  • チェックイン: 15:00〜18:30 / アウト 〜11:00
  • 駐車場: 25台・無料
  • 創業: 1992年に宿として開業(前身は茶寮)
  • 館内: ラウンジ「Tan’s bar」、音の美術館「アルテジオ」、蕎麦「不生庵」など


2. 亀の井別荘 — 大分県由布市

金鱗湖畔の約1万坪の庭に、十一の離れが散らばる。大正期の別荘に始まる、由布院の離れ宿の源流です。

17室(離れ11・本館洋室6)の旅館。

目安価格 ¥132,000–¥208,000 / 泊 (2名1室・通常期)


亀の井別荘 — 大分県由布市湯布院町・金鱗湖畔 · 庭の緑に面した離れの内湯と露天風呂
PHOTO: 亀の井別荘 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

庭が、客室と客室のあいだを隔てている宿です。約1万坪の敷地に11の離れと6つの洋室を配し、すべての客室で庭内の源泉から引いた掛け流しの湯に浸かることができます。離れは50㎡から140㎡まで、露天付きの和室・洋室・特別室と内湯付きの棟があり、夕食の会席も朝食も棟まで運ばれます。2024年に5番館、2025年に7番館が改修されるなど、古い別荘の骨格を守りながら手を入れ続けている点も評価の対象としました。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、もっとも厚く語られているのは料理で、接客、もてなしの心配り、湯がそれに続きます。金鱗湖や湯の坪街道に歩いて出られる立地への言及が多いのも、山中の離れ宿とは異なる点です。弱みとして挙がるのは価格に対する受け止め方で、料理や客室の評価が分かれる声もわずかに見られます。全体としては、歴史ある宿の格と、日々の手入れの確かさが同時に伝わっていると読み取れます。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    由布院の町歩きと離れでの静養を両立させたい夫婦旅、歴史のある宿の空気を味わいたい人、部屋食で落ち着いて会席を楽しみたい人
  • 向かない:
    小学生以下の子を連れた旅で本館の洋室を考えている人(本館は利用不可と公式に明記)、人の気配が一切ない山中を求める人(金鱗湖周辺は日中の人出が多い)

具体情報

  • 最寄り駅: JR由布院駅からタクシー約5分(徒歩約25分)
  • 客室: 離れ11棟(50〜140㎡)、本館洋室6室(40〜60㎡)
  • 湯: 全客室で庭内源泉の天然掛け流し
  • チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜11:00
  • 食事: 離れは夕朝食とも客室へ運ぶ会席(朝は和・洋から選択)、本館はレストラン「螢火園」
  • 創業: 大正10年(1921年)、金鱗湖畔の別荘に始まる
  • 改修: 離れ5番館(2024年)、特別室7番館(2025年)


3. 秘境 白川源泉 山荘 竹ふえ — 熊本県阿蘇郡南小国町

竹林の斜面約5,000坪に十二の離れ。三十の風呂すべてが自家源泉という、黒川の奥の湯宿です。

12室、全室離れの旅館。

目安価格 ¥272,000–¥326,000 / 泊 (2名1室・通常期)


山荘 竹ふえ — 熊本県南小国町・黒川温泉近郊 · 竹林と色づく紅葉に囲まれた離れ「天飛」の露天風呂
PHOTO: 山荘 竹ふえ — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

竹が、棟と棟のあいだを埋めている宿です。約30度の斜面に広がる約5,000坪の敷地に、12室の離れが点在します。館内にある30の風呂はすべて自家源泉の掛け流しで、加水は自家水源の「竹林水」を使うという徹底ぶりです。大浴場をあえて置かず、3つの貸切露天風呂と各棟の湯で滞在を組み立てる考え方も、離れの宿としての一貫性を感じさせます。夕食・朝食とも部屋で供されるため、到着から出立まで棟の外へ出る必要がほとんどありません。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、料理の評価がもっとも多く、もてなし、客室の居心地、細やかな気配りが続きます。竹林の中を回廊でつなぐ敷地の構成と、湯量の豊かさに触れる声も目立ちます。一方で、今回の五軒の中では価格の高さを指摘する声がやや多く、スタッフとのやりとりに物足りなさを感じたという受け止めも一部に見られます。湯と環境への満足が、価格への意識を上回っている宿と読み取れます。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    湯そのものを旅の目的にする人、竹林の音と山の気配に囲まれて籠もりたい夫婦旅、部屋食で時間を気にせず過ごしたい人
  • 向かない:
    足元に不安のある人(斜面と石積みの通路が多い)、虫が極端に苦手な人(公式も自然との共存を明記)、黒川の温泉街を歩いて回りたい旅程(街の中心からは車で移動)

具体情報

  • アクセス: 黒川温泉バスステーションから無料送迎あり(熊本空港からは有料送迎、片道18,000円)
  • 客室: 全12室が離れ、約5,000坪の敷地に点在
  • 湯: 館内30の風呂すべて自家源泉100%掛け流し、貸切露天3か所(宿泊者は無料・予約制)、大浴場なし
  • 食事: 夕食・朝食とも部屋食(夕食18:00〜19:00、朝食8:00〜9:00の開始時刻から選択)
  • 標高: 約1,000m。12月〜3月は降雪・凍結があり、車は冬用タイヤが必要
  • 地震後の状況: 2026年7月28日の熊本県の地震について、建物・設備に異常なしと公式に案内


4. 忘れの里 雅叙苑 — 鹿児島県霧島市

天降川のほとりに茅葺きの古民家を寄せ集めた、一つの集落のような宿。1970年の創業以来、霧島の原風景を守り続けています。

公式掲載の客室8室、茅葺きの古民家を移築した離れ中心の旅館。

目安価格 ¥110,000–¥187,000 / 泊 (2名1室・通常期)


忘れの里 雅叙苑 — 鹿児島県霧島市牧園町・妙見温泉 · 深い緑に埋もれるように並ぶ茅葺き屋根の離れ
PHOTO: 忘れの里 雅叙苑 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

茅葺きの屋根が、宿の輪郭そのものになっている一軒です。妙見温泉の旅館街の喧噪から少し離れた天降川沿いに、古民家を移築して昔ながらの集落のような景色をつくりました。公式が「元祖・露天風呂付き客室」とうたう特別客室をはじめ、露天風呂に屋根と壁を掛けて居間と一体にした「お風呂リビング」の棟、川に面した広い和室スイートと、棟ごとに湯との距離の取り方が異なります。料理は自家菜園の野菜と直営農場の地鶏を使う薩摩の郷土料理です。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、料理への言及がもっとも多く、湯、客室、周囲の自然の豊かさが続きます。茅葺きの棟が並ぶ景観と川の音が、滞在の記憶の中心になっている様子がうかがえます。一方で料理については好みが分かれる傾向もあり、郷土色の強い献立を楽しめるかどうかで満足度が変わると言えます。価格の高さを指摘する声も一定数あり、設えの古さを「味」と受け取れる人に向く宿と読み取れます。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    日本の農村の原風景に身を置きたい人、郷土料理と素材の話を楽しめる夫婦旅、天空の森と合わせて霧島に連泊する旅程
  • 向かない:
    新しい設備と均質な快適さを優先する人、洋食中心の食事を望む人、古民家特有の段差や暗さが苦になる人

具体情報

  • 最寄り駅: JR嘉例川駅から車約10分、隼人駅から車約15分(バス約25分「雅叙苑前」下車)
  • 空港: 鹿児島空港から車約15分
  • 客室: 露天風呂付き特別客室、お風呂リビング付き客室、メゾネット式の離れ、和室スイートの4タイプ(定員3〜6名)
  • チェックイン: 14:00〜 / アウト 〜12:00
  • 湯: 男女別大浴場「建湯」(貸切枠あり)、貸切風呂「うたせラムネ湯」
  • 駐車場: 10台
  • 創業: 1970年


5. 天空の森 — 鹿児島県霧島市

東京ドーム約13個分の丘に、泊まれるヴィラはわずか三棟。隣の棟の気配すら届かない、離れの極北です。

宿泊用ヴィラ3棟(ほかに日帰り用2棟)のリゾート。

公式掲載料金 ¥300,000〜 / 泊 (2名1室・食事付き・平日、税・サービス料別)


天空の森 — 鹿児島県霧島市牧園町 · 霧島連山を望む丘に建つヴィラとウッドデッキの露天風呂
PHOTO: 天空の森 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

丘そのものが、一棟の離れのために用意されている宿です。雅叙苑の創業者・田島健夫が1994年から竹山を切り拓き、2004年に開いたリゾートで、広大な敷地に温泉付きのヴィラが5棟だけ点在します。宿泊できるのは、山頂近くの「天空」、夕日が差し込む「茜さす丘」、熱帯の森に包まれた「霖雨の森」の3棟。いずれの棟にも露天風呂を備えています。離れという形式を、敷地の広さの側から突き詰めた一軒と言えます。

集約レビューの傾向

客室数がきわめて少ないため、公開レビューデータの件数は限られ、今回の五軒の中で傾向を読み取れる材料はもっとも少ない宿です。スコアは件数の少なさを反映して控えめに算出していますが、立地と独立性という本稿の選定軸では群を抜く存在であり、編集部の判断で五軒目に加えました。滞在の質は、公式が掲げる「完全なプライベート」という約束をどう受け取るかに大きく左右されると考えられます。

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    人生の節目となる記念日の旅、他の客の気配を一切感じずに過ごしたい人、雅叙苑と組み合わせて霧島に連泊する旅程
  • 向かない:
    予算に上限を設けた旅(公式料金は2名1泊¥300,000から)、温泉街の散策を楽しみたい人、和の旅館らしい設えを求める人

具体情報

  • 最寄り駅: JR嘉例川駅から車約15分、隼人駅から車約30分
  • 空港: 鹿児島空港から車約15分
  • 客室: 宿泊用ヴィラ3棟(天空・茜さす丘・霖雨の森)、各棟に露天風呂
  • チェックイン: 14:00〜 / アウト 〜12:00
  • 食事: レストラン「パビリオン」(ルームサービスは追加料金)
  • 公式料金: 霖雨の森 ¥300,000〜、茜さす丘 ¥400,000〜、天空 ¥500,000〜(いずれも平日・2名1室・食事付き・税サ別)
  • 開業: 2004年。ルレ・エ・シャトー加盟


よくある質問

Q. 九州の離れの宿を訪ねるなら、いつ頃がよいですか?

A. 編集部が推す時期は、紅葉が山を下りてくる10月下旬から11月です。竹ふえのある標高約1,000mの一帯が先に色づき、由布院、霧島の順に季節が進みます。12月から3月の黒川周辺は降雪や路面凍結があるため、車で向かう場合は冬用タイヤが欠かせません。新緑の5月も、茅葺きの雅叙苑や竹林の竹ふえがもっとも瑞々しく映る季節です。

Q. 予約はどのくらい前から考えるべきですか?

A. 客室が3〜17室と少ないため、紅葉期や連休の週末は早くから埋まります。雅叙苑は半年先まで予約を受け付けると公式に案内しています。2026年秋には、7月の熊本県の地震からの観光需要回復を目的とした割引制度が案内されていますが、受付の開始時期や扱いは宿ごとに異なるため、各宿の公式のお知らせを確認するのが確実です。

Q. 子連れでも泊まれますか?

A. 宿によって方針が異なります。山荘 無量塔は子ども料金を設けており、6歳以下は無料と公式に明記しています。天空の森も2歳から小学生までの料金を設定しています。亀の井別荘は本館の洋室について小学生以下の利用を断っており、離れを選ぶ必要があります。竹ふえは斜面と石積みの通路が多く、幼児連れは足元への配慮が要ります。

Q. 三つの温泉地のあいだの移動は?

A. 由布院と黒川はやまなみハイウェイ経由の車で行き来でき、2泊で両方を巡る旅程が組みやすい組み合わせです。霧島の2軒は鹿児島空港から車で約15分と近く、九州の南北を結ぶ場合は福岡から鹿児島まで九州新幹線を使うのが現実的です。2026年7月の熊本県の地震のあと、竹ふえは公式に交通状況の案内を掲載しています。

Q. 湯の違いはどこで感じられますか?

A. 由布院の2軒は、いずれも敷地内の源泉を各客室へ掛け流す、なめらかな湯が特徴です。竹ふえは館内30の風呂をすべて自家源泉でまかない、季節ごとに湯温を41〜43度に設定しています。雅叙苑のある妙見温泉は、明治28年(1895年)に開湯した天降川沿いの湯治場を起源とし、泉質は炭酸水素塩泉です。同じ離れ宿でも、湯の性格は土地ごとに大きく異なります。

本記事の参考情報

・YUFUINFO(由布市まちづくり観光局) — 由布院温泉の観光情報
・黒川温泉公式サイト(黒川温泉観光旅館協同組合) — 黒川温泉と入湯手形の案内
・Wikipedia: 亀の井別荘 — 創業の経緯と由布院の歴史
・Wikipedia: 妙見温泉(鹿児島県) — 天降川沿いの温泉地の背景

編集部から

五軒に通じているのは、客室を建物の一室としてではなく、庭や竹林や丘に置かれた一軒の家として扱う考え方です。由布院の二軒は町と地続きの離れ、竹ふえは湯のために斜面を拓いた離れ、霧島の二軒は同じ創業者が三十年余りの間隔をおいて描いた、集落とヴィラという二つの離れのかたちを示しています。秋が深まるほど、棟に籠もる時間の価値は増していきます。次の旅では、どの距離感で湯と向き合いたいでしょうか。

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