秋の長雨が三徳川の瀬を太らせるころ、世界有数のラドン泉として知られる鳥取・三朝温泉で、明治から昭和初年に創業し、代を重ねて湯治場の作法を今に残す名旅館を四軒選びました。湯が、宿の歴史をそのまま運んでくる土地です。

三朝の湯は、平安末の長寛二年(1164年)に白い狼が源泉のありかを教えたという「白狼伝説」を開湯の縁起とし、2015年には三徳山とともに日本遺産「六根清浄と六感治癒の地」に認定されました。昭和十四年(1939年)には岡山医科大学の温泉療養所がこの地に開かれ、のちの岡山大学病院三朝医療センターとして長く温泉と医療を結んできましたが、同センターは2016年に閉院し、建物はいま同大学の惑星物質研究所として使われています。研究の拠点が去ったあとも、湯治の文化を支えているのは宿そのものです。本稿では、自噴泉を守る文化財の宿から、入浴の手ほどきをする案内役を置く宿まで、湯と建物の継ぎ方が異なる四軒を、公開レビューデータを集計した結果と公式情報をもとに紹介します。

# 宿 エリア 客室 目安価格 1行特徴
1 旅館大橋 三朝(三徳川沿い) 19 ¥28–¥55k 昭和七年築の文化財建築、三朝で唯一のトリウム泉が自噴する岩風呂
2 三朝館 三朝(山田) 74 ¥28–¥47k 自家源泉三本と千坪の庭園風呂、連泊向けの湯治会席を持つ昭和十三年創業の宿
3 依山楼岩崎 三朝(三朝橋東) 74 ¥21–¥25k 大正九年創業、文人と皇室を迎えた名勝庭園と回遊式の庭園風呂
4 木屋旅館 三朝(温泉本通り) 14 ¥33–¥42k 明治元年創業、全館登録有形文化財。足元湧出泉と「吸う湯」の設え
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※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。

1. 旅館大橋 — 三朝温泉

三徳川の岸に昭和七年の木造三階建てが残り、岩の割れ目から三朝で唯一というトリウム泉が湧く。湯と建物が、ともに創業のときのまま息づく一軒。

19室、木造の純和風旅館。

目安価格 ¥28,000–¥55,000 / 泊 (2名1室・通常期)

旅館大橋 — 鳥取県三朝町・三徳川沿い · 昭和七年完成、国登録有形文化財の木造三階建て旅館の全景
PHOTO: 旅館大橋 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

湯が、建物の足もとから湧いている宿です。名物の「巌窟の湯」は、かつて三徳川の河原に湧いていた湯をそのまま湯船に用いたもので、三つの湯船それぞれに岩の間から湯が噴き上がります。下と中の湯船はラジウム泉、上の湯船は三朝でこの宿だけが持つトリウム泉と、宿は説明しています。自家源泉は五か所、うち三か所が自噴泉。建物は「日本建築として最高のものを」という一念で昭和七年(1932年)に完成し、平成九年(1997年)には本館・離れ・西離れ・大広間・太鼓橋の五件が国の登録有形文化財となりました。湯、建物、川の眺めの三つが一つの敷地に揃うことが、首位に据えた理由です。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、評価の中心にあるのは湯の質と建物の趣で、とりわけ自噴する岩風呂への支持が厚く、三朝の宿のなかでも温泉好きの旅人から選ばれている様子がうかがえます。料理についても地の魚と鳥取和牛を軸にした会席への評価が安定しています。一方で、文化財ゆえの段差や階段、音の響きやすさに触れる声もあり、建物の古さを味わいと受け取れるかどうかで印象が分かれる宿と言えます。

向く人 / 向かない人

  • 向く: 湯そのものを目当てにする温泉好き、近代和風建築を愛でたい夫婦旅、川音を聞いて静かに過ごしたい大人の二人旅
  • 向かない: 未就学児を連れた家族(宿泊不可)、エレベーターやバリアフリーを必要とする人(文化財のため設備なし)、湯上がりにすぐ部屋へ戻りたい人(館内は階段移動)

具体情報

  • 最寄り駅: JR倉吉駅から車で約20分。倉吉駅から無料送迎あり(前日までに予約)
  • チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜10:00
  • 温泉: 自家源泉5か所(うち自噴3か所)。含弱放射能-ナトリウム-塩化物泉。露天風呂付き客室は60度の源泉を引く
  • 食事: 夕朝食ともお食事処「亀平亭」。特別室「梧桐の間」は個室食(他の客室も有料で個室可)
  • 建物: 昭和7年(1932年)完成、平成9年(1997年)国登録有形文化財(5件)
  • 駐車場: 無料(最大20台)
  • 子連れ: 未就学児は宿泊不可。小学生は客室タイプにより可


2. 三朝館 — 三朝温泉

敷地に三本の自家源泉、千坪の庭に十二の湯処。昭和十三年の開業から湯の量で三朝を支え、事業承継を経て湯治の滞在を磨き直した大旅館。

74室、大型の温泉旅館。

目安価格 ¥28,000–¥47,000 / 泊 (2名1室・通常期)

三朝館 — 鳥取県三朝町山田 · 千坪の日本庭園に設えた自家源泉かけ流しの庭園露天風呂
PHOTO: 三朝館 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

湯が、庭いっぱいにあふれる宿です。三朝館は昭和十三年(1938年)に開業し、敷地内に三本の源泉を持ちます。宿は「三朝随一の湯量」を掲げ、千坪の日本庭園風呂を、庭に包まれた「庭の湯」と、岩肌を伝う源泉の滝を囲む「滝の湯」の二つに分け、朝晩で男女を入れ替えます。2014年には新たに設立された会社へ事業が承継され、別邸や大浴場の改修を重ねて2026年7月にも館内の一部を改めました。代替わりを湯治の滞在の磨き直しにつなげた点を、名旅館の継ぎ方の一つとして評価しました。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、四軒のなかでも口コミの量が多く、庭園風呂の広さと湯の豊かさ、朝食への評価が安定して高い宿です。団体や家族連れの利用も多く、館内のにぎわいを好ましく受け取る声がある一方、静けさを最優先する旅人には規模の大きさが気になる場合もあるようです。内湯の一部は循環ろ過を併用しているため、源泉かけ流しにこだわる人は露天や貸切風呂を中心に組み立てると満足度が高い、という傾向も読み取れます。

向く人 / 向かない人

  • 向く: 連泊で湯治を試してみたい夫婦、広い庭園風呂を何度も巡りたい人、小学生以下の子どもを連れた三世代の旅
  • 向かない: 小規模な宿の静けさを求める人、日帰り入浴で立ち寄りたい人(宿泊者専用)、大浴場で刺青・タトゥーを隠せない人(入浴不可)

具体情報

  • 最寄り駅: JR倉吉駅から車で約15〜20分。無料送迎バスあり(要事前予約)
  • チェックアウト: 〜10:00(有料で11:00まで延長可)。大浴場は15:00〜24:00、5:30〜9:00
  • 温泉: 敷地内に自家源泉3本。露天と貸切露天は源泉かけ流し、内湯は循環ろ過を併用。飲泉場「長寿の湯」あり
  • 食事: 夕食は会席(連泊湯治プランは東郷湖産の鬼蜆を使う日替わり会席)。朝食は約50種のビュッフェ
  • 創業 / 承継: 1938年開業、2014年に事業承継
  • 駐車場: 無料(約100台)
  • 子連れ: 幼児はお子様ランチ対応、2歳以下は基本無料


3. 依山楼岩崎 — 三朝温泉

大正九年、三朝の湯の名が全国に届いた時代に開かれた宿。文人が宿帳に名を残し、名勝の庭と十二の湯処がその記憶を今に伝える。

74室、政府登録国際観光旅館。

目安価格 ¥21,000–¥25,000 / 泊 (2名1室・通常期)

依山楼岩崎 — 鳥取県三朝町 · 県・町指定名勝の日本庭園「依水苑」と池
PHOTO: 依山楼岩崎 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

三朝の湯のラジウム含有量が広く知られるようになった大正期、その将来性に目を留めた岩﨑吉太郎(当時の鳥取県議会議長)が、大正九年(1920年)に三徳川の岸で「岩崎旅館」を開きました。のちに京都・相国寺の管長の命名で「依山楼」を冠し、2020年に創業百年を迎えています。背後の山を借景に滝を引いた庭園「依水苑」は鳥取県と三朝町の名勝に指定され、昭和十一年ごろ皇族用に建てられた離れ「三朝閣」が庭の中央に残ります。百年の記憶を建物と庭で見せる宿として選びました。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、口コミの件数は四軒のなかで最も多く、庭園を巡る露天風呂の多彩さと、送迎や接客の手堅さへの評価が目立ちます。一方で、客室は棟や年代によって設えに差があり、建物の古さや食事の内容については受け止め方が分かれる傾向も見て取れます。大型の宿らしく、プランと客室を選ぶほど満足度が上がる一軒と言えます。価格の目安が四軒のなかで最も穏やかなのも、湯治の連泊を組み立てやすい点です。

向く人 / 向かない人

  • 向く: 文学や皇室ゆかりの宿の来歴を味わいたい人、庭園風呂を巡りながら長く湯に浸かりたい人、平日に2〜3泊の湯治を試したい人
  • 向かない: 客室の新しさを最優先する人(棟により年代が異なる)、小規模宿の距離感を求める人、茶室「扶桑庵」の見学を目当てにする人(2028年まで修復中)

具体情報

  • 最寄り駅: JR倉吉駅から送迎バスで約20分(前日までに予約)
  • チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜11:00
  • 温泉: 回遊式大庭園露天風呂「山の湯」ほか大小12か所の浴場とラジウム蒸気風呂。2025年7月「左の湯」改装、投入堂を模した洞窟風呂あり
  • 食事: 個室料亭「茶寮花野」の懐石、宴会場街「對岑亭」の会席など
  • 創業: 1920年9月(大正9年)
  • 駐車場: 無料(乗用車80台)
  • 湯治: 平日限定「プチ湯治」2泊3日/3泊4日プラン


4. 木屋旅館 — 三朝温泉

明治元年の創業、全館が国の登録有形文化財。迷路のような木造の館に、浸かり、飲み、吸い、寝る湯を揃えた、湯治場の作法を最も色濃く残す十四室。

14室、木造の小規模旅館。

目安価格 ¥33,000–¥42,000 / 泊 (2名1室・通常期)

木屋旅館 — 鳥取県三朝町・温泉本通り · 明治元年創業、全館国登録有形文化財の木造旅館の外観
PHOTO: 木屋旅館 — 公式サイトを見る →

なぜ選ばれるか

建物が、三朝の変わり目を記録している宿です。明治元年(1868年)創業の木屋旅館は、明治、大正、昭和と温泉街の広がりに合わせて増改築を重ね、2010年に全館が国の登録有形文化財となりました。湯治場から観光の温泉街へと移る時代の旅館建築を伝える、というのが登録の意味合いです。湯は複数の自家源泉から引き、足元から湧く貸切の「楽泉の湯」は創業以前から百五十年以上続くと宿は説明します。入浴を手ほどきする「ラヂムリエ」が在籍し、最低二泊の湯治プランを用意する点も、本稿の主題に最も近い一軒です。

集約レビューの傾向

公開レビューデータを集計すると、湯の多彩さと、宿の人による温泉の説明の丁寧さに触れる評価が目立ちます。文化財の館内を巡る楽しさを挙げる声も多い一方、木造ゆえの音や段差、設備の古さについては評価が分かれ、スコアの振れ幅は四軒のなかで大きめです。湯と建物の個性に惹かれて選ぶ人ほど満足しやすく、ホテル的な快適さを期待すると印象が下がる、という傾向が読み取れます。

向く人 / 向かない人

  • 向く: 湯の入り方を教わりながら二泊以上の湯治をしたい人、明治から昭和の木造建築に泊まりたい人、客室で落ち着いて食事をとりたい夫婦
  • 向かない: 車椅子を利用する人(階段のみでエレベーターなし)、調味や食材の細かな要望を出したい人(アレルギー以外は対応不可)、一泊で慌ただしく観光を回る旅程

具体情報

  • 最寄り駅: JR倉吉駅から車で約20分。鳥取空港から車で約50分
  • チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜10:00
  • 温泉: 貸切「楽泉の湯」(足元湧出・飲泉)、貸切「薬師の湯」(大正期の手掘り源泉)、男女別の大浴場、ラドンミストサウナ「穴ぐらの湯」(年間平均室温36.5度・湿度90%、予約制)、ラドンオンドル
  • 食事: 夕朝食とも部屋食または個室。朝食は三朝米(契約農家のコシヒカリ)と三徳大豆の白味噌の味噌汁
  • 創業: 1868年(明治元年)、2010年に全館が国登録有形文化財
  • 湯治: 【2泊3日】プチ湯治プラン(入浴ガイド付き、日替わりの食事)
  • 子連れ: 幼児用の食器あり、離乳食の温めに対応


よくある質問

Q. 三朝温泉のベストシーズンはいつですか?

A. 湯治の滞在には、気温が落ち着く晩秋から初冬が向きます。10月最終日曜日には三徳山で「炎の祭典」が開かれ、11月初旬からは松葉がにの会席が各宿で始まります。冬は12月から3月が降雪期で、車で訪れる場合は冬用タイヤが必要です。価格は松葉がにの時期に上がる傾向があるため、湯を主目的にするなら10月から11月初旬が編集部の推す時期です。

Q. 湯治として何泊すればよいですか?

A. 「三たび朝を迎えると元気になる」という地名の由来にならい、各宿の湯治プランは2泊3日を最小単位とするものが多く、依山楼岩崎は2泊3日と3泊4日の二通り、三朝館は連泊向けの日替わり会席を用意しています。木屋旅館は、岡山大学の研究者による健康調査で1泊より連泊のほうが効果的とされた、と紹介しています。持病の療養を目的とする場合は、主治医に相談したうえで計画するのが前提です。

Q. 子連れでも泊まれますか?

A. 宿によって方針が大きく異なります。旅館大橋は木造の文化財で音が響きやすいため、未就学児の宿泊を受けていません。三朝館は幼児向けのお子様ランチがあり、2歳以下は基本無料です。依山楼岩崎も小人料金と乳幼児向けの食事を用意しています。木屋旅館は幼児用の食器や離乳食の温めに対応していますが、館内は階段のみです。

Q. アクセスは?

A. 鉄道はJR山陰本線の倉吉駅が玄関口で、大阪駅から特急スーパーはくとで約3時間です。倉吉駅から三朝温泉までは車で約15〜20分で、旅館大橋・三朝館・依山楼岩崎は倉吉駅からの送迎(事前予約制)を案内しています。空路では羽田から鳥取空港または米子空港へ入り、連絡バスと在来線で倉吉駅へ向かいます。

Q. 三朝の湯は、ほかの温泉と何が違いますか?

A. 三朝温泉は含放射能泉(ラドンを含む湯)で、各宿は湯に浸かるだけでなく、湯気を吸い、湯を飲む入り方を勧めています。ラドンは気体で湯面から空気へ移るため、足元から湯が湧く湯船や、湯気を満たした蒸気浴の設えが宿ごとに工夫されています。旅館大橋の巌窟の湯や木屋旅館の楽泉の湯は、湧いたばかりの湯に浸かれる例です。

Q. 海外からの旅行者でも過ごしやすいですか?

A. 依山楼岩崎と三朝館は、公式サイトに英語・中国語(繁体字・簡体字)・韓国語の案内を設けています。木屋旅館も英語・中国語・韓国語・ロシア語の案内を用意しています。旅館大橋は英語ページを持ちますが、文化財の建物で階段が多い点は事前に伝えておくとよいでしょう。三朝館の大浴場は刺青・タトゥーのある人の入浴を受けていません。

本記事の参考情報

編集部から

四軒を並べてみると、三朝の名旅館が継いできたものは、建物の古さそのものではなく、湯との付き合い方であることが見えてきます。旅館大橋は湧いたままの湯を岩ごと守り、木屋旅館は吸う湯や寝る湯まで設えて入り方を手ほどきし、依山楼岩崎は文人と皇室を迎えた庭と記憶を、三朝館は事業承継を経て湯治の滞在そのものを、それぞれ次の代へ渡そうとしています。大学の研究拠点が町を離れて十年、湯治場の現在を支えているのは宿の人の手です。晩秋の三朝で三たび朝を迎えるなら、次はどの宿の湯で目を覚ましたいでしょうか。

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