梅雨が明けたばかりの山陰西端、鯉の泳ぐ津和野の掘割から萩焼の窯けむり立つ城下まで、石州街道を二泊三日で辿る旅をひとつ組んでみたい。森鴎外を生んだ津和野、維新の志士を育てた萩。ふたつの小京都を結ぶこの道行きでは、藩政期からの町並みとともに、湯と作法を代々受け継いできた名旅館に身を置くことそのものが、旅の目的になる。本稿では、公開レビューデータを集計したうえで、萩の城下に長く続く二軒を軸に、津和野の城下散策を含めた三日間の行程を編んだ。
| 日程 | 宿 | エリア | Score | 客室 | 目安価格 | 継承 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 一泊目 | 萩の宿 常茂恵 | 萩・土原 | 92 | 25 | ¥70–¥116k | 大正14年創業・数寄屋の総檜 |
| 二泊目 | 萩城三の丸 北門屋敷 | 萩・堀内 | 89 | 43 | ¥53–¥77k | 昭和48年開業・堀内伝建地区唯一 |
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。
初日 — 津和野の掘割を歩き、城下に代を継ぐ宿を仰ぐ
新山口から山口線に揺られ、まずは津和野へ。山陰の小京都と呼ばれるこの城下は、殿町通りの掘割に色とりどりの鯉が泳ぎ、白壁と海鼠塀が初夏の光に静かに照り返す。森鴎外旧宅、津和野城跡、太皷谷稲成神社の千本鳥居をめぐれば、半日はまたたく間に過ぎていく。
本町の通りには、明治中期の創業から一世紀以上を数える木造二階建ての老舗「のれん宿 明月」が今も暖簾を掲げている。代々の女将が厨房に立ち、いまは五代目から六代目へと宿が継がれていく——この地の名旅館が、建物も作法も次代へ手渡してきた姿を、通りすがりに仰ぎ見ておきたい。津和野の城下を歩いたのち、午後の汽車で萩へ。石州街道がたどった道筋を、いまは鉄路と街道筋になぞって西へ抜ける。
一泊目. 萩の宿 常茂恵 — 萩・土原
大正14年、萩の迎賓館として生まれた数寄屋の宿。昭和天皇も泊まった総檜の客室が、いまも代を継いで守られている。
Media Picks Score: 92 / 100 25室、純和風数寄屋造りの料理旅館。
目安価格 ¥70,000–¥116,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
常茂恵は、大正14年、のちの首相・田中義一らの求めに応じて「萩の迎賓館」として開業した宿である。翌年には皇太子時代の昭和天皇が逗留し、以来、各宮家を迎えてきた。特別室「錦帳華王」は当時の御座所を忠実に再した総檜普請で、欄間や床框の一つひとつに大正期の数寄屋普請の手わざが息づく。湯と建物を代々の主が守り継いできたこと、それが選定の第一の理由である。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、館内に掲げられた書や萩焼の設えに対する静かな満足が一貫して見て取れる。庭を望む数寄屋の客室で過ごす時間と、季節の会席への評価が高く、もてなしの所作が折り目正しいと受け止められている。一方で、創業の構えを守る宿ゆえに、現代的な利便や派手さを求める向きには静かに過ぎると映る場合もある。土地の歴史を味わう旅程にこそ合う一軒である。
向く人 / 向かない人
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向く:
城下の歴史と数寄屋建築を静かに味わいたい夫婦旅、記念日や節目の滞在、和の作法と会席を目的にする旅 -
向かない:
にぎやかな大型施設の機能性を望む人、低価格帯を最優先する旅程、幼い子を連れての慌ただしい滞在
具体情報
- 最寄り駅: JR東萩駅から徒歩約 12 分(タクシー約 3 分)
- 客室数: 全25室(数寄屋造り、特別室「錦帳華王」を含む)
- 食事: 季節の会席料理(地の海の幸を中心とした夕餉)
- 建築: 純和風数寄屋造り、館内に書・萩焼を展示
- 創業: 1925年(大正14年)、1989年に現在地へ移転
二日目 — 菊ヶ浜から堀内へ、萩焼と城下を歩く
朝、菊ヶ浜の渚に立てば、指月山と日本海が初夏の光に静まり返っている。城下に戻り、菊屋横町や江戸屋横町の白壁を辿れば、高杉晋作や木戸孝允ゆかりの旧宅が点在し、萩焼の窯元では登り窯の前で土と釉薬の話に時を忘れる。藩政期の町割りがほぼそのまま残るこの一帯を半日かけて歩き、夕刻、堀内の伝統的建造物群保存地区へと宿を移す。
二泊目. 萩城三の丸 北門屋敷 — 萩・堀内
萩城の三の丸、上級武家屋敷の地にただ一軒。重要伝統的建造物群保存地区に許された宿で、城下にそのまま眠る。
Media Picks Score: 89 / 100 43室、武家屋敷の構えに洋を織り込んだ旅館。
目安価格 ¥53,000–¥77,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
北門屋敷は、萩城の三の丸、かつて上級武士が屋敷を構えた堀内地区に立つ。江戸期の町割りがそのまま残るこの重要伝統的建造物群保存地区にあって、宿泊を許された唯一の宿である。武家屋敷の門をくぐると、英国式の庭と西洋の調度が迎える——維新前後の萩人が和魂のまま洋を学んだ気風を、宿の設えそのものが体現している。城下に眠るように泊まれること、それがこの宿を選ぶ最大の理由である。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、立地の特別さ——城下の保存地区にそのまま泊まれること——への評価が際立って高い。手入れの行き届いた庭と、和と洋を融いた室内の落ち着きに対する静かな満足が読み取れ、朝の散策で旧宅や萩城跡へ歩いて出られる便も支持されている。規模のある宿ゆえ、こぢんまりとした離れの静寂を求める向きには賑わいが気になる場面もあるが、城下を起点に萩を歩く旅程には過不足のない一軒である。
向く人 / 向かない人
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向く:
城下町歩きを主目的にする旅、和と洋の折衷した設えを好む夫婦・友人連れ、萩城跡や武家屋敷を朝夕に散策したい人 -
向かない:
全室独立した離れの完全な静けさを求める人、温泉地らしい大浴場の規模感を最優先する旅、駅至近の利便を重んじる行程
具体情報
- 所在: 萩市堀内210(重要伝統的建造物群保存地区/世界遺産「萩城下町」内)
- 最寄り: JR東萩駅からタクシー約 7 分、萩循環まぁーるバス利用可
- 客室数: 全43室(武家屋敷の構えに洋の調度を融合)
- 設備: 温泉、英国式庭園、館内レストラン
- 開業: 1973年(昭和48年)、開業より50年超
三日目 — 城下に別れ、街道筋を帰路につく
最終日は朝の堀内をゆっくりと歩き、夏みかんの実る土塀の路地を抜けて萩城跡へ。指月山の麓に立てば、城下を結んできた石州街道の旅も、ここで一区切りとなる。萩から新山口へ、あるいは津和野へと戻り、二つの小京都が代々の宿とともに守り継いできた湯と作法を、土産話とともに持ち帰りたい。
よくある質問
Q. 旅のベストシーズンはいつですか?
A. 梅雨が明けた初夏は、津和野の掘割の水も萩の菊ヶ浜の渚もよく澄み、城下歩きに適した時季である。秋の柚子・夏みかんの実る頃や、人出の落ち着く晩秋も編集部が推す時期にあたる。盛夏は日中の暑さがあるため、朝夕の散策に時間を配したい。
Q. 予約のタイミングは?
A. いずれの宿も客室数が限られるため、連休や紅葉期は数か月前から埋まり始める。記念日利用や特別室を望む場合は、二、三か月前を目安に早めに動きたい。平日は比較的取りやすく、料金も通常期の目安に近い。
Q. 子連れでも泊まれますか?
A. いずれも歴史ある構えの宿で、段差や設えに配慮が要る場面がある。北門屋敷は客室数があり比較的ゆとりがあるが、いずれも幼い子を連れての滞在より、落ち着いた大人の旅程に向く。具体的な可否や対応は各宿の公式情報で確認したい。
Q. アクセスは?
A. 津和野へは新山口からJR山口線で約1時間。萩へは新山口から特急バス、または津和野方面からの周遊で入る。萩市内は循環バス「まぁーる」やタクシーで城下の見どころを結べる。常茂恵はJR東萩駅から徒歩圏、北門屋敷は堀内地区にある。
Q. 食事はどのような内容ですか?
A. 常茂恵は季節の会席を供し、地の海の幸を中心とした夕餉が軸となる。北門屋敷は館内のレストランで和洋の料理を用意する。いずれも事前に内容や量、苦手な食材への対応を相談しておくと、滞在がより落ち着いたものになる。
本記事の参考情報
・おいでませ山口へ(山口県観光連盟) — 萩・城下町の観光情報
・津和野町観光協会 — 津和野の城下・掘割の観光情報
・Wikipedia: 萩城下町 — 城下町の歴史・地理の背景
編集部から
津和野と萩——山陰西端のふたつの小京都は、いずれも藩政期の町割りを今に残し、その城下に湯と作法を代々受け継ぐ宿を抱えている。本稿で軸に据えた萩の二軒は、創業の精神を絶やさず次代へ手渡してきた点で通じ合う。建物そのものが歴史であり、もてなしの所作が地の文化である——そんな宿に身を置く旅は、観光地を巡る旅とはまた違う充足を残す。次はどの城下に、代を継ぐ一軒を訪ねてみたいだろうか。