神無月の男鹿半島は、寒風山の芒が白く光り、北浦の浜が師走のハタハタを待つ季節です。なまはげの里・男鹿温泉郷で一軒だけ宿を選ぶなら、編集部は高台に建つ「元湯 雄山閣」を推します。自館専用の源泉を加水も加温もせずに噴き流す湯、木造二階建て十二室の規模、石焼料理とあんぷら餅の膳。昭和四十年(1965年)の開業から六十年余り、海と山のあいだの暮らしを宿のかたちで伝えてきた一軒を、湯と建物と食卓の順に記します。

※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。

元湯 雄山閣 — 秋田県男鹿市・男鹿温泉郷

男鹿温泉郷でいちばんの高台に十二室。自家源泉を手を加えずに噴き流す、湯が主役の一軒。

12室、木造2階建ての温泉旅館。

目安価格 ¥46,000–¥53,000 / 泊 (2名1室・通常期)


元湯 雄山閣 — 秋田県男鹿市・男鹿温泉郷 · 湯の花が棚田状に堆積した露天岩風呂となまはげ像
PHOTO: 元湯 雄山閣 — 公式サイトを見る →

歴史と建築 — 若い温泉街の、高台の木造二階

男鹿の名は古く、『日本書紀』斉明天皇四年(658年)の条に見える齶田の蝦夷「恩荷」に由来するという説があります。ただし、旅館街としての男鹿温泉郷は意外に若い土地です。温泉郷は県道を境に南の湯本温泉と北の石山温泉から成り、古いのは江戸期にはすでに名を知られていたとされる湯本のほう。『男鹿市史』は明治十五年(1882年)頃に七兵ヱ旅館が開業したと伝えますが、温泉郷として開発が進むのは昭和三十年(1955年)以降のことでした。

雄山閣はその開発期に生まれた宿です。秋田魁新報の連載「時代を語る」に残る創業者・山本次夫氏の回想によれば、昭和三十二年から翌年にかけて試し掘りを行い、昭和三十八年から三十九年にかけて温泉郷南側の高台、およそ千七百坪を建設地に定めました。先に建っていた旅館やホテル、その先の日本海まで見渡せる眺めの雄大さから、伯父の山本喜助氏が「雄山閣」と名付けたといいます。開業は昭和四十年の春でした。

建物は木造二階建て、客室は十二室。エレベーターはなく、館内の移動は階段です。客室のひとつ「こうらん」には宮大工の手による床の間が残り、「さつき」は梁を見せた古民家風の造り。近年は、なまはげを主題にした和モダンのコンセプトルームが三室加わりました。創業百年を超える老舗ではありません。ただ、掘り当てた湯を六十年余り守り、木造の規模を広げずにきたことが、この宿の輪郭をつくっています。

滞在の体験 — 湯が色を変え、石が汁を煮立てる

湯が、この宿の主です。自館専用の源泉から引くナトリウム塩化物泉は源泉温度約53度、加水も加温もしない源泉かけ流し。日本秘湯を守る会の掲載では使用量は毎分200リットルとされます。内湯では、壁に据えたなまはげの面の口から湯が勢いよく噴き出し、浴槽の縁には湯の花が鱗のように積もっています。湯の色は季節や気温によって茶褐色、緑、白へと移ろい、口に含めば塩辛い。塩分が肌に残って汗の蒸発を抑えるため、湯冷めしにくい湯だと宿は説明しています。源泉を引く管は三か月ほどで湯の花に塞がれるといい、その手入れを続けることが「元湯」の名の実質と言えるでしょう。宿泊者は15時から翌朝8時30分まで、夜通し入ることができます。


元湯 雄山閣 — 男鹿温泉郷 · なまはげの面の口から源泉が噴き出す内湯「なまはげの湯」
PHOTO: 元湯 雄山閣 — 公式サイト(温泉)を見る →

食卓は、海と山の両方から届きます。海の側は男鹿名物の石焼料理。真っ赤に焼いた男鹿の溶結凝灰岩を、魚介と汁を入れた木桶に投じて一気に煮立てる漁師めしで、宿によれば昭和の中頃に温泉郷の名物として創案されたものです。山と畑の側は「あんぷら餅」。あんぷらはこの土地の言葉でじゃがいものこと、すりおろして片栗粉などを加え餅状にした郷土の一品で、男鹿温泉でこれを出すのは当館だけと宿は記しています。別注では男鹿産の浜茹で紅ズワイガニ(3月中旬〜12月下旬)やきりたんぽ鍋も用意されています。朝はあきたこまちに、ぎばさ、ハタハタの生姜煮、じゅんさい。食事処「五風庵」の名は、江戸後期の紀行家・菅江真澄が男鹿を歩いて残した五つの紀行にちなみ、囲炉裏を中心に据えた造りです。


元湯 雄山閣 — 男鹿温泉郷 · 刺身や煮魚など男鹿近海の魚介を中心にした夕食の膳
PHOTO: 元湯 雄山閣 — 公式サイト(食事)を見る →

客室は落ち着いた和の造りで、全室禁煙。9畳に6畳を添えた「うぐいす」からは日本海と寒風山、晴れた朝には日の出が望めます。客室に風呂はなく、湯は階下の浴場で、という昔ながらの湯宿の作法です。


元湯 雄山閣 — 男鹿温泉郷 · なまはげの面を壁に掛けた和モダンのコンセプトルーム、ベッド2台
PHOTO: 元湯 雄山閣 — 公式サイト(客室)を見る →

集約レビューが映すこの宿の本質

公開レビューデータを集計すると、この宿への支持は二つの柱に集まっています。ひとつは食事、もうひとつは湯です。料理全般と郷土の味への評価は厚く、温泉については泉質とかけ流しであることが繰り返し支持されています。客室の広さと清潔さ、窓からの眺め、男鹿駅からの送迎にも否定的な傾向はほとんど見られません。一方で、露天風呂と湯の温度については受け止めが分かれます。手を加えない源泉ゆえの個性と読むべき部分で、ぬるめの湯に長く浸かりたい人は心に留めておきたい点です。価格感についても評価は割れており、十二室の規模と湯の質に価値を置くかどうかで印象が変わる宿だと言えます。

立地と周辺 — なまはげと岬のあいだ

宿は男鹿半島の北側、男鹿温泉郷の南の高台にあります。大晦日の晩に家々を巡る「男鹿のナマハゲ」は国指定の重要無形民俗文化財。その面を集めた、なまはげ館と男鹿真山伝承館へは車で約8分、二月に柴灯まつりが行われる真山神社もその隣です。半島北西端の入道崎へは車で約7分、男鹿水族館GAOへは約8分。温泉郷の交流会館「五風」では、4月から11月にかけて、なまはげ太鼓の定期公演があり、宿から歩いて6分ほどです。山の祭礼と岬の落日、そのどちらへも十分足らずで届く位置にあります。

こんな旅人に

向く人 / 向かない人

  • 向く:
    源泉そのままの湯を目当てにする夫婦旅や友人連れ、なまはげ館・真山神社・入道崎を巡る一泊二日、郷土料理を土地の話とともに味わいたい人
  • 向かない:
    未就学児を連れた家族(受け入れ不可)、階段の上り下りが難しい人(エレベーターなし、浴場まで約30段)、客室の風呂や客室露天を求める旅、遅い到着になる旅程(チェックインは18時まで)

具体情報

  • 所在地: 秋田県男鹿市北浦湯本字草木原52
  • 最寄り駅: JR男鹿線 男鹿駅から無料送迎バス(1日1便・2日前までに予約)。羽立駅前から路線バスで約40分、「雄山閣前」下車
  • 車: 秋田自動車道 昭和男鹿半島ICから約40分。玄関前に無料駐車場
  • 客室: 12室(日本秘湯を守る会の掲載による)。8畳〜20畳、客室に風呂なし、全室禁煙
  • チェックイン: 15:00〜18:00 / アウト 〜10:00
  • 温泉: ナトリウム塩化物泉、源泉温度約53度、毎分200リットル、加水・加温なしの源泉かけ流し。内湯2・露天2
  • 食事: 夕食・朝食とも食事処。石焼料理、あんぷら餅が名物
  • 日帰り入浴: 11:00〜14:00、800円(清掃で入れない日があり、事前確認が必要)
  • 開業: 1965年(昭和40年)
  • 予約: 宿泊日の3か月前から受付

編集部の評価

評価の内訳は、公開レビューデータの集計値に編集部の適合度評価を加えたものです。体験(湯と食事)は高水準で安定し、立地は、なまはげ館・入道崎・男鹿水族館GAOへいずれも車で十分以内。設備は木造二階・階段のみで客室に風呂がないことを差し引き、価格感は評価が分かれる点を織り込みました。編集適合度では、自家源泉を六十年余り守る湯宿という「名旅館」の軸に加点しています。

よくある質問

Q. 元湯 雄山閣の創業はいつですか?

A. 開業は昭和40年(1965年)春です。昭和32年から翌年にかけての試掘を経て、昭和38〜39年に高台の敷地を定めて建設されました。男鹿温泉郷は昭和30年以降に開発が進んだ温泉地で、江戸期から続く旅館は確認できません。温泉郷で最も古い系譜は、明治15年(1882年)頃に開業したと『男鹿市史』が伝える湯本の七兵ヱ旅館です。

Q. 湯の泉質と特徴は?

A. 泉質はナトリウム塩化物泉、源泉温度は約53度。自館専用の源泉を加水・加温せずにかけ流しています。塩分を多く含み、保温に優れる湯です。湯の花が多く、季節や気温で茶褐色、緑、白と色が変わります。宿は適応症として神経痛、慢性の関節・筋肉の痛み、慢性皮膚炎などを挙げています。

Q. 子連れでも泊まれますか?

A. 未就学児の受け入れは行っていません。小学生以上であれば宿泊でき、10畳に8畳を添えた「さつき」や15畳に8畳の「こうらん」は定員4名です。館内は階段のみで、浴場へは1階から約30段下ります。三世代の旅では、足腰に不安のある家族がいないかを先に確かめておきたい宿です。

Q. 冬でも行けますか。ベストシーズンは?

A. 通年営業です。編集部が推す時期は二つ。ひとつは晩秋から師走、ハタハタが浜に寄る頃。もうひとつは二月、真山神社でなまはげ柴灯まつりが行われる頃です。冬期は男鹿駅への送り便の時刻が変わり(11〜3月は9時40分発)、なまはげ太鼓の定期公演は休みになります。雪道の運転に慣れない場合は送迎バスの利用が安心です。

Q. 公共交通でのアクセスは?

A. 秋田駅からJR男鹿線で終点の男鹿駅へ。男鹿駅14時37分着の列車に合わせて無料送迎バスが出ます(2日前までに予約)。なまはげ館や男鹿水族館GAOに立ち寄れる予約制のあいのりタクシー「なまはげシャトル」も使えます。秋田空港からは乗合タクシーの秋田エアポートライナーで約1時間半です。

本記事の参考情報

・元湯 雄山閣 公式サイト — 温泉・客室・食事・交通案内
・日本秘湯を守る会: 男鹿温泉 元湯 雄山閣 — 客室数・建物構造・温泉使用量
・秋田魁新報「シリーズ 時代を語る 山本次夫」 — 雄山閣の開業経緯
・Wikipedia: 男鹿温泉郷 — 湯本温泉・石山温泉の歴史
・男鹿なび(男鹿市観光協会) — 半島の観光情報

編集部から

名旅館という言葉は、創業の古さだけを指すものではないと編集部は考えます。男鹿温泉郷は、湯の歴史は長くとも宿の歴史は若い土地です。そのなかで雄山閣は、掘り当てた湯に手を加えず、木造二階の規模を守り、漁師めしと畑の餅を同じ膳に載せてきました。海の半島であり、なまはげの山の半島でもある男鹿を、一軒で伝える宿と言えます。霜月の末、ハタハタの便りが届く頃に訪ねれば、塩の湯の温まり方がいっそうよくわかるはずです。岬の湯の次は、同じ日本海を南へ下った象潟の湯でしょうか、それとも八郎潟を挟んだ森岳の湯でしょうか。

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