長月の庄内で、藤沢かぶや民田なすといった在来野菜と、庄内浜に揚がる「おばこ鰆」を膳に据える宿として、編集部が鶴岡市内から選んだ五軒を紹介します。鶴岡は2014年12月、ユネスコ食文化創造都市に国内で初めて認定された町です。種を代々採り継いできた在来作物が今も数多く残り、出羽三山の精進料理から庄内浜の漁師料理まで、食の層の厚い土地と言えます。本稿では、古湯の湯田川温泉から二軒、日本海に面した湯野浜温泉から二軒、そして羽黒山の門前町・手向の宿坊から一軒を取り上げました。料理を誰が作るのか、主な食材は何か、夕食は何品か、地酒をどれだけ揃えているか。この四点を軸に、稲穂が色づき、秋の魚が浜に揚がり始めるこの時季、食を旅の目的にする人のための宿を比べます。
| # | 宿 | エリア | 客室 | 目安価格 | 1行特徴 |
|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 湯田川温泉 九兵衛旅館 | 湯田川温泉 | 13 | ¥52–¥70k | 秋の膳は11品。朝夕とも専用個室で、開湯712年の湯をかけ流しで楽しめる |
| 2 | 湯田川温泉 つかさや旅館 | 湯田川温泉 | 5 | ¥39–¥58k | 在来野菜を献立の軸に据え、大女将が郷土料理を作る。地酒10種の飲み比べプランあり |
| 3 | 湯野浜温泉 游水亭いさごや | 湯野浜温泉 | 48 | ¥58–¥78k | 庄内浜の旬魚を客前で焼く料理と、魯山人の器のうつしで出す膳 |
| 4 | 宿坊 大進坊 | 羽黒町手向 | 20 | ¥24–¥26k | 山伏の家族が営む宿坊。ブナ林の山菜と手作りの胡麻豆腐で組む精進料理 |
| 5 | 湯野浜温泉 亀や | 湯野浜温泉 | 64 | ¥39–¥74k | 三山詣での「生まれかわりの旅」を献立にした懐石と、庄内の地酒10種 |
※ 目安価格は公開販売価格の集計に基づく参考値で、実際の予約料金とは異なります。1泊2名利用時の1室あたり料金(税込)です。
1. 湯田川温泉 九兵衛旅館 — 鶴岡市湯田川
開湯千三百年の古湯に建つ全13室の宿。庄内の旬を十一品の膳にまとめ、朝夕とも個室で出す一軒です。
13室、温泉旅館。
目安価格 ¥52,000–¥70,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
湯が、和銅5年(712年)から湧き続けています。九兵衛旅館は、その湯田川温泉の路地に建つ全13室の宿です。選んだ理由は三つあります。一つ目は献立の組み方です。9〜10月の「秋の膳」は、枝豆の和風ムースに始まり、はたはたの醤油焼き、茄子そうめん、庄内おばこ鰆のとろろ蒸し、いくらご飯まで全11品。浜の魚と畑の野菜が一つの膳で出会います。二つ目は食べる場所で、朝も夕も専用の個室が用意されています。三つ目は湯で、毎分約1000リットル湧く源泉を加水せずにかけ流しています。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、この宿は鶴岡市内でも評価の水準が際立って高く、件数も多い部類に入ります。とくに評価が集まるのは、季節ごとに替わる料理の丁寧さと、個室で食事ができる落ち着きです。客室へのスタッフの出入りを控える運営方針も、静かに過ごしたい夫婦旅から支持されている様子がうかがえます。なお宿の案内によれば玄関前の道は狭く、車は駐車場に停めて歩く形になるため、荷物の多い旅では事前に相談しておくと安心です。
向く人 / 向かない人
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向く:
季節の膳を個室でゆっくり味わいたい夫婦旅、藤沢周平ゆかりの湯田川を訪ねる文学散歩、源泉かけ流しの湯を貸切で楽しみたい人 -
向かない:
カラオケや宴会を楽しみたいグループ(館内に設備なし)、客室でたばこを吸いたい人(全室禁煙)、海の眺めを求める旅程
具体情報
- 最寄り駅: JR鶴岡駅から湯田川温泉行きバスで約25分(タクシー約15分)
- 客室: 全13室・全室禁煙。メゾネットタイプ3種、温泉浴室付きの客室あり
- 食事: 朝食・夕食ともに専用個室。9〜10月は「秋の膳」全11品
- 温泉: ナトリウム・カルシウム硫酸塩温泉、湧出量は毎分約1000L。大浴場2つと予約不要の貸切風呂
- 開湯: 和銅5年(712年)と伝わる湯田川温泉
2. 湯田川温泉 つかさや旅館 — 鶴岡市湯田川
江戸時代から続き、当主は十代目。在来野菜を献立の真ん中に置く、全5室の湯宿です。
5室、温泉旅館。
目安価格 ¥39,000–¥58,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
このテーマの芯に最も近いのが、つかさや旅館です。この土地で種を採り継いできた「在来野菜」を積極的に使うと宿自身が明言し、夏は民田なすや外内島きゅうり、秋は藤沢かぶや庄内柿が膳にのぼります。野菜は主人が生産者のもとへ足を運んで選び、庄内浜の魚も主人が目利きします。調理を担うのは大女将で、郷土料理の形で出されます。献立例は前菜から漬物まで11の区分。庄内18蔵の酒から主人が選んだ10種類を飲み比べる「日本酒堪能プラン」もあります。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、評価の水準は高く、件数も小さな宿としては十分に積み上がっています。評価が集まるのは、家庭的でありながら素材の味をまっすぐ伝える料理と、家族で営む宿ならではの距離の近いもてなしです。1日の組数を絞り、二つの湯を貸切にしている点も、ゆったり過ごせる理由として受け止められています。反対に、豪華な設備や広い館内を求める人には、素朴さが物足りなく映る場合があります。
向く人 / 向かない人
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向く:
在来野菜と郷土料理を目当てにする食の旅、庄内の地酒を飲み比べたい人、乳幼児連れの家族や犬連れの旅(大型犬を除く) -
向かない:
洗練された会席や非日常のしつらえを求める記念日旅、夜遅くに到着する旅程(夕食付きは18:30までにチェックイン)、大型犬連れ
具体情報
- 最寄り駅: JR鶴岡駅から湯田川温泉行きバスで約30分(タクシー約20分)
- 客室: 全5室、すべて畳敷き・全室禁煙。ペット同伴可の和室あり
- チェックイン: 15:00〜19:30(夕食付きは18:30まで) / アウト 10:00
- 食事: 1階の食事処で郷土料理の膳。献立例は11区分
- 温泉: 源泉かけ流しの貸切風呂2つ(湯口から毎分23Lと20L)
- 駐車場: 10台
- 創業: 江戸時代。現当主で10代目
3. 湯野浜温泉 游水亭いさごや — 鶴岡市湯野浜
全室から日本海が見える湯野浜の宿。庄内浜の旬魚を客前で焼き、魯山人の器のうつしに盛って出します。
48室、温泉旅館。
目安価格 ¥58,000–¥78,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
海が主役の食通宿です。いさごやは庄内浜の魚を季節で追いかけ、3〜4月は桜鱒、7〜8月は天然の岩牡蠣、9〜10月は延縄で獲る「庄内おばこ鰆」、冬はズワイガニ、はたはた、寒鱈と献立を移していきます。のどぐろやエゾアワビは一年を通して用意されます。コースによっては料理人が客の前で旬の素材を焼き上げ、北大路魯山人の作品を集めた館主のギャラリーを併設する茶寮「月岡」では、魯山人の器のうつしに庄内の幸を盛った「魯水の膳」が選べます。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、件数の多さと評価の高さを両立している宿です。評価が集まるのは、日本海の魚介の鮮度と、夕陽の時間に合わせた客室からの眺めです。規模が大きい分、館内の動線やスタッフの応対は日によって印象が分かれる傾向も見て取れます。夕食は茶寮や料亭などの会食場で出され、客室での食事には対応していない点を前提に選びたい宿です。
向く人 / 向かない人
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向く:
庄内浜の旬魚を目当てにする食の旅、日本海に沈む夕陽を客室から眺めたい夫婦旅、器や美術と料理をあわせて楽しみたい人 -
向かない:
部屋食を望む人(夕食は会食場)、小規模な宿の静けさを優先する旅程、在来野菜だけを軸に宿を選びたい人
具体情報
- アクセス: 庄内空港から車で約10分。JR鶴岡駅から路線バス約40分・車約20分
- 客室: 全室オーシャンビュー。和室10〜12.5帖を中心に、ツインや和洋室も
- チェックイン: 15:00〜 / アウト 〜11:00
- 食事: 夕食は茶寮「月岡」や料亭「白沙」などの会食場、朝食は和定食
- 駐車場・送迎: 駐車場は無料。鶴岡駅への送迎は1日1便、3日前までに予約
- 言語: 公式サイトは英語・韓国語・中国語(繁体・簡体)に対応
4. 宿坊 大進坊 — 鶴岡市羽黒町手向
羽黒山の門前で山伏の家族が営む宿坊。ブナ林の山菜と手作りの胡麻豆腐で、出羽三山の精進料理を出します。
20室、宿坊。
目安価格 ¥24,000–¥26,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
鶴岡の食文化を語るなら、出羽三山の精進料理は外せません。大進坊は羽黒山の参拝口・手向に建ち、三百数十年の歴史をもつ本館は銅板葺の入母屋造りで、土台や柱は創建当時のままと伝わります。料理を作るのは女将と若女将。ぜんまい、わらび、うど、こごみ、とち餅と、ブナ林が育てた山の恵みを下ごしらえから手作りし、作りたての胡麻豆腐を名物にしています。翌朝7時からは神殿での勤行に参加でき、泊まった人の名前を一人ずつ読み上げて祈祷します。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、宿坊としては件数が多く、評価の水準も旅館と並ぶ高さです。評価が集まるのは、手作りの精進料理の滋味と、朝の勤行という宿坊ならではの体験です。一方で、浴場は共同で、トイレや洗面所も一部が共用です。旅館並みの設備を期待して訪れると、印象に差が出やすい宿と言えます。
向く人 / 向かない人
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向く:
羽黒山の石段を歩く参拝旅、精進料理を土地の文脈で味わいたい人、一人旅(1グループに1室で、女性一人でも泊まれる) -
向かない:
客室に風呂やトイレが欲しい人(浴場は共同)、未就学児連れの家族(小学生未満は受け入れていない)、11月〜4月上旬の旅程(冬期休業)
具体情報
- 最寄り駅: JR鶴岡駅から車で約25分。羽黒山頂方面行きバス「桜小路」から徒歩約1分
- チェックイン: 15:00〜 / アウト 10:00(夕食18:00〜、勤行7:00〜、朝食7:30〜)
- 料金: 1泊2食・1室2名で1名12,100円(税込)から
- 食事: 食事会場で精進料理。女将と若女将の手作り
- 駐車場: 普通車約30台
- 休業: 冬期(11月〜4月上旬ごろ)
- 継承: 坊主は第十七代目の羽黒山伏
5. 湯野浜温泉 亀や(KAMEYA HOTEL) — 鶴岡市湯野浜
湯野浜の老舗が2024年に改装を経て再出発。三山詣での作法を献立にした懐石と、庄内の地酒10種を揃えます。
64室、温泉旅館。
目安価格 ¥39,000–¥74,000 / 泊 (2名1室・通常期)

なぜ選ばれるか
献立に土地の物語を込めた一軒です。標準の「庄内旅懐石」は、江戸時代に庶民の間で流行した出羽三山詣でを下敷きにしています。精進料理を食べて山に入り、下山後に温泉で俗世へ戻り、美食と美酒を楽しむ。この「生まれかわりの旅」の順序を、胡麻豆腐の餡かけから始まる膳で表現しました。季節によっては、もってのほか(食用菊)のお浸しや、干したエイヒレを甘く煮た「からげ」など、庄内の郷土料理が加わります。日本料理とフランス料理の技法を合わせた龍宮殿懐石もあり、地酒は庄内の10銘柄を猪口3杯500円で飲み比べられます。
集約レビューの傾向
公開レビューデータを集計すると、件数は五軒のなかで多い部類に入り、評価は安定した水準にあります。評価が集まるのは、全室から見える日本海と、客室で源泉かけ流しの湯に浸かれる点です。改装後の客室と以前からの和室とでは、印象が分かれる様子も見て取れます。料理を主目的にするなら、コースと客室タイプの組み合わせを予約時に確かめておくと安心です。
向く人 / 向かない人
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向く:
庄内の地酒を少しずつ飲み比べたい人、客室の温泉と海の眺めを両方求める夫婦旅、サウナも楽しみたい旅程 -
向かない:
小さな宿の家庭的な料理を望む人、駅からの送迎を前提にする旅程(送迎なし)、ペット連れ
具体情報
- アクセス: JR鶴岡駅からバス約40分・タクシー約25分。庄内空港からタクシー約10分
- 客室: 全64室・全室オーシャンビュー。うち28室が源泉かけ流しの温泉付き。洋室系は40〜103㎡
- チェックイン: 15:00〜(特別階HOURAIは14:30〜) / アウト 〜12:00
- 食事: 庄内旅懐石・龍宮殿懐石・HOURAI懐石。朝食は庄内の「つや姫」が主役
- 地酒: 庄内の10銘柄。猪口3杯で500円(税込)
- 駐車場: 無料・予約不要(EV充電あり)
よくある質問
Q. 鶴岡の食通宿を訪ねるなら、いつがよいですか?
A. 編集部が推す時期は二つあります。一つは9〜10月で、延縄で獲る庄内おばこ鰆が旬を迎え、藤沢かぶなど秋の在来野菜も出そろいます。もう一つは4〜5月で、湯田川の孟宗や月山の山菜が膳を彩ります。冬の寒鱈やズワイガニを目当てにするなら12〜2月です。ただし羽黒の大進坊は11月から4月上旬まで冬期休業です。
Q. 予約はどのくらい前にするとよいですか?
A. 全5室のつかさや旅館や全13室の九兵衛旅館は、部屋数が少ないため週末や連休から先に埋まります。旬の食材を目当てにするなら、2〜3か月前に日程を決めておくと選択肢が広がります。キャンセル料は宿によって異なり、つかさや旅館は10日前から、亀やは10日前から発生します。
Q. 子連れでも泊まれますか?
A. つかさや旅館は0歳から入れる貸切風呂と子ども用のアメニティを用意しており、家族連れを歓迎しています。亀やはデラックスルームやスイートなど一部の客室で子どもの宿泊が可能です。一方、大進坊は小学生未満の幼児を受け入れていません。
Q. 東京からのアクセスは?
A. 鉄道なら、上越新幹線で新潟駅まで約2時間、特急いなほで鶴岡駅まで約2時間です。空路なら羽田から庄内空港まで約50分で、湯野浜温泉の二軒へは空港からタクシーで約10分です。湯田川温泉へは鶴岡駅からバスで約25〜30分、大進坊へは鶴岡駅から車で約25分かかります。
Q. 精進料理と宿の料理は、どう組み合わせるとよいですか?
A. 出羽三山には、精進料理をとって山に入り、下山後に温泉で「精進落とし」をする習わしがありました。一泊目を羽黒の大進坊で精進料理と朝の勤行にあて、二泊目を湯田川や湯野浜の宿で海と畑の膳にすると、鶴岡の食文化を順に体でたどる旅になります。
本記事の参考情報
・鶴岡市:食文化創造都市 — ユネスコ食文化創造都市の取り組みと在来作物の調査
・Wikipedia: 湯田川温泉 — 湯田川温泉の歴史と泉質
・Wikipedia: 湯野浜温泉 — 湯野浜温泉の成り立ち
・Wikipedia: 出羽三山 — 羽黒山・月山・湯殿山の山岳信仰
編集部から
五軒に共通するのは、料理を土地の暦として出していることです。湯田川の二軒は畑と里の味を、湯野浜の二軒は庄内浜の魚を、羽黒の宿坊は山の恵みを受け持ち、三つをつなぐと鶴岡の食文化がそのまま一つの旅程になります。長月は、稲刈りを前にした庄内平野が金色に染まり、秋の魚が浜に揚がり始める季節です。やがて新米と新酒の季節が来て、冬には寒鱈汁の湯気が町に立ちます。次にこの町を訪ねるなら、どの季節の膳を待ちに行きますか。